ゼロの愛人 第9話


薄汚い下卑た笑みを浮かべながらこちらを見下した男たちは醜悪だった。
自分たちしかいない、海辺の倉庫に閉じ込め、手足の自由を奪わなければ何も出来ないくせに、彼らの表情はまるでこの世の支配者のような優越感に満ちていた。
これが、正義の味方を名乗っている黒の騎士団の幹部のやることか。
力あるものから弱者を守ると宣言したゼロに従う者の姿なのか。

「馬鹿な真似は止せ!こんなことをして、恥ずかしいとは思わないのか!」
「うるせーな、黙ってろ!おい、おめーら」

玉城が舎弟にそういうと、事前に話がされていたのか、それだけで舎弟たちは理解し、乱暴にルルーシュを取り押さえながら縛り上げていたロープを解いた。だが、解かれた両腕と両足はそれぞれ押さえられており、もがくルルーシュを見降ろしながら玉城はニタニタと気色の悪い笑みを浮かべた。

「だ、だが玉城、これは、拙いんじゃないか!?」
「ああ?いいじゃねーか、こいつは今まで何人もの男を咥えこんできたんだぜ。なーんも問題なんてねーよ。それに、扇は彼女が日本にいるから、いろいろ困ってるって言ってただろ?」
「だ、だが、彼は男だ」
「まあ確かに男だが、ほら扇、よく見ろよ」

玉城はそう言うと、ルルーシュの前髪を掴み上げ、乱れた髪で隠れていたその顔を露わにした。髪の毛を引きぬかれるような強さに、抵抗は意味を成さない。どんな顔か興味を覚えた扇は、離れた場所で防寒するのを止め近づいた。そして、痛みに顔を歪めらえたその顔を見て、扇は思わず目を瞬かせた。

「男、だよな?」

中性的に見えるが骨格や声は間違いなく男。
当然喉仏もある。
男なのだが、男として認識していいものなのか、一瞬迷ってしまった。
化粧をしているわけでもないのに、その肌は透き通るような白さで、その顔は驚くほど整っていた。なるほど、ゼロをたらしこんだというのは本当なのかもしれないと、扇は思わず喉を鳴らした。
そんな扇の反応に、ルルーシュは思わず舌打ちと共に怒鳴りつけた。

「当たり前だろう。お前たちの目は節穴か」

何の確認だ、何の!男以外の何に見えるんだ!!

「お前は黙っていろ!」

口を開くなと、今度は南が足を上げた。
背中を蹴られた衝撃で玉城は髪を掴んでいた手を離し、その体は大きく前へ傾けられる。蹴られた場所が激しく痛み、ルルーシュは奥歯をかみしめた。

「な?冗談みたいな美人だろ?ほら見てみろよ、肌も女より白いぞ」

ぞわりとする手つきで、玉城はルルーシュの首筋をなで上げた。
くそ、気色悪い。
嫌悪感で全身鳥肌が立つ。

「だ、だが」
「無理にとは言わねーよ、やる気になるまで見てりゃいい。お前ら、抑えとけよ」

流石にここまでくれば、いかに疎いルルーシュでも何をされるかは察する。
考えたくない内容ではあるが、彼らの言動からそれ以外の回答は導き出せなかった。
ギアスを使えれば一発なのだが、手を押さえられている以上コンタクトは外せない。
四肢を押さえられている以上反撃などできはしないし、そもそもそれが出来なかったからこそ誘拐されたのだ。

副司令である扇から直接ルルーシュへと連絡が入り、是非手を貸して欲しいと頼まれ、向かった先で暴行を受け、縛られてここへ連れて来られた。
警戒し、疑うべきだったのだ。
打ち合わせなど食堂でもできるのに、離れた場所に呼びだされた事を。
だが、団員に顔の知られた食堂の料理人に用事ということは、何かしらの施設の賄いを出して欲しい、あるいは大人数の弁当の用意が必要になり打ち合わせがしたいのかと、まあ扇だからそうかもしれないなと安易に考えてしまった。
馬鹿な話だが、信じてしまったのだ。
無条件に、扇要と言う人物を。

「これが黒の騎士団のやり方か?店に迷惑をかけ、追い出されたことを逆恨みし、誘拐するのが正義なのか!」

扇を説得するため、その目を見て話しかけるが、扇は慌てて目をそらした。
罪の意識があり、これが犯罪だという自覚もあるが、止める気はないという事か。

「ブリキが知ったような口きくんじゃねーよ!」

苛立たしげに玉城がルルーシュの頬を張り飛ばすと、口の中が切れたらしく鉄の味が広がった。

「・・・っ、ゼロがこの事を知れば、どうなるか解っているんだろうな」

泣き寝入りなどしない。
必ず、この報いは受けてもらう。
力強さを失わない瞳とその言葉に、扇と南はハッとした顔をしたが、玉城は大丈夫だと押さえつけている一人に視線を向けた。その男を見ると、肩にビデオカメラをかけていた。男はルルーシュの腕を押さえながら、空いている手でそれを起動させ、カメラをルルーシュへと向けた。
つまり慮辱の場面を記録に残し、ばら撒かれたくなければ何も言うな、自分たちに従えという事なのだろう。

「成程な。お前たちに・・・正義を・・いや、黒の騎士団を名乗る資格はない」

カメラを睨みつけ、この状況に似つかわしくないほど冷めた目と冷静な声で言われた言葉に、一瞬扇たちは息を飲んだが、それだけだった。
逃げ出すことも、抗うことも出来ない相手。
脅しの材料も申し分ない。
自分たちの奴隷になる以外生きる道のない愛玩人形に、怯える必要など何もない。
大体、黒の騎士団の古参の幹部と、蓬莱島で知り合ったガキと、ゼロがどちらの言葉を信用するか考えれば、自分たちに采配が上がるのは間違いない。妄言を吐くガキはゼロに愛想をつかれ、カレンとC.C.達も離れ、孤立するだろう。
そんなわかりきった未来も思いつかないのかと、玉城は顔を歪めて醜く笑った。

「それを決めるのは部外者のおめーじゃねぇよ、俺たちだ」

自信に満ちた声で断言し、ルルーシュのベルトに手を伸ばした。
ゼロの前では従順で、仲間思いで情に厚いと言う顔をしていた扇。
正義と呼ばれることに誇りを持ち、ブリタニア人相手でも困っているなら手を貸す南。
素行は悪いが、俺たちは正義なんだと口にし、怖気づいた団員を鼓舞する玉城。
だが、一般人から見れば、やはりただのテロリストでしかないのだ。
自分たちが正義で、それに反する者は悪だという思考と暴力で行動する犯罪者。
俺は手を下していない、止めたんだという顔で傍観する扇も同類だ。
これから行われる一方的な暴力に抗う力は今ない。
考えるだけで吐きそうだが、この腕が自由になるまでは、何もできないだろう。
舌をかみきってしまいたい衝動を抑え、自由になった後、どう処理するか思考を巡らせる。ナナリーを守るためにも、黒の騎士団から排除しなければならない。

---お前たちはもういらない。

黒の騎士団を内側から壊すのはお前たちだ。
爆弾を抱えた、役立たずの駒など必要はない。
人を力でねじ伏せ、思い通りにするあの皇帝と同じ思考の者など必要ない。
仮面を外し、ゼロの影武者を立て、人々を見つめていたのは選別のためだ。
立場の強い者にこびへつらい、弱い者を虐げる人間など不要だから。
想定外ではあったが、腐った幹部を処分する理由ができた。
決めるのはお前たちじゃない、俺だ。
ベルトが外され、ボタンに手をかけられるのを、まるで他人事のように見つめた。
思考と肉体を切り離して考えることで、少しでも精神へのダメージを減らすぐらいしかできない我が身を嘲笑う。
下卑た視線をこれ以上見ていたくないと、両目を閉じた。
抵抗を止めたルルーシュに、ようやく観念したかと、気色の悪い笑い声が響き渡った。



ガシャン!

激しい金属音が倉庫内に響き、閉じた目を反射的に開いた。
玉城達はここにいる。
全員驚き、音の方へ顔を向けていた。

ガシャン、ガシャン!!

続いて二度、三度と響く。
音は内側からではなく、外側から響いていた。

「み、見ろ、シャッターが!」

視線を向けていた先、この倉庫唯一の出入口であるシャッターが、大きく変形した。

ガシャン!!!

ひときわ大きく鳴り響いた音の後、ギシギシと大きな音を立ててシャッターは大きく歪み、その端は留め金から外れ、とうとうシャッターとしての役目を果たせなくなり、壁から離れていった。
信じられない光景だった。
シャッターの隙間から見えるのは人の、足。
KMFや重機なら解るが、明らかに人間の脚だった。
その人物は、歪んだシャッターを押してその体を倉庫内へと滑り込ませた。

「・・・な・・・なんで、お前が何でここに居るんだよ!」

玉城の怒鳴り声が、何処か遠くから聞こえているようだった。

あり得ない光景。
あり得ない人物。

シャッターの奥から姿を現したのは、殺意に満ちた表情でこちらを見つめる男。
まるであの日のようだと、観察者の思考はそう感想を述べた。
そこにいたのは、ブリタニア帝国皇帝に使える円卓の騎士唯一の名誉。

ナイトオブラウンズ・ナイトオブセブン・枢木スザクだった。

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